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よしなしごとども 書きつくるなり
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川上弘美(講談社)

 エッセイ集。
 今回初めて川上氏の「老い」を感じた。具体的にどこが? を書くのは難しいのだが、今までのエッセイと比べると淡泊というか、肩ひじ張らなさ度が増したようだ。
 面白さも少しだけ減ったような、いや減ったは失礼だな、軽めになった、かもしれない。
 『ぬか床のごきげん』の章が良かった。
 そのなかのひとつ『厳然たる』。
 1月の最初のごみ収集について。大量に捨てられたゴミに圧倒される川上氏。続いてコンビニエンスストアで湯気を立てている肉まんを見る川上氏。同じ瞬間、湯気を立てている無数の肉まんに思いを馳せたり。それでふと恐怖にかられてみたり……みんながしあわせであるためのしくみは、こわい、という一文に、感じ入った。
 同じ時を共有している無数の人々がいる、そのあやうい感じが私もこわい。
85点

ワタシの一行
「男の子が脱ぎすてたそれ(セーター)を、はだかの肩にふわっとかけて、ちくちくするー、なんて可愛らしく言ってみた頃も、あったわけだ。」(単行本 P.33)
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川上弘美(新潮社)

 「セックスと性欲のふしぎを描くみずみずしく荒々しい作品集」
と帯に書かれていて、一瞬購入をためらってしまった。そういうこともあって、ネット書店がはびこる(←ひどい言い草)のか。
 閑話休題。
 『aqua』が良かった。水面(みなも)という女の子の独白で物語は進む。小3から高校という、けっこう長いスパンの女子の日常が、細やかに描かれている。
 生理が始まっている子、いない子、ブラジャーをつけている子、いない子。放課後のこっくりさん。汗くさい男子。電車で遭う痴漢。友人と何気ない会話をしていても、まったく関係ない性にまつわることどもが頭をかすめる。
 この年頃の女の子のゆらぎが、まっすぐに表現されていて、懐かしいような胸苦しいような気持ちになった。
80点
 
川上弘美(朝日新聞出版)

 さよと仄田くんはともに小学4年生。ふたりは図書館で見つけた『七夜(ななよ)物語』という本の世界に入り込む。巨大ねずみのいる世界、心地よくて、とても眠たくなる世界、さよが生まれる前の、若い頃の父と母がいる世界……ふたりは七つの夜を旅する。

 上巻の帯には「本格長編ファンタジー」と書かれている。それでどうしても「ハリー・ポッター」を思い出してしまう。あれに比べたら、この作品はなんて地味で慎ましやかなのだろう。でもそこがいい。小さな箱にきっちりと詰められた上質な和菓子のようで、とてもいい。

 そして下巻の帯には「児童文学の新たな金字塔」と書かれている。しかし著者は子どもが読むことを念頭に置いていないのではないだろうか。「とても」と書けばいいところを「たいそう」と、「きちんとした」と書けばいいところを「折り目正しい」と書いてある。大人の鑑賞に堪えうる、美しい日本語で書かれている。その選ばれし言葉たちを、私は存分に楽しんだ。
 手放しで「面白い!」とはいえない作品だが、静かに心を揺さぶる作品ではあった。
80点
川上弘美(講談社)

 1993年に出版された「神様」。2011年の東日本大震災を経て改編、出版されたのが本書。
 どちらも基本となるストーリーは一緒である。くまと散歩する話。珍妙な設定であるが、川上氏の手にかかれば何ら不思議なことではないような気にさせられる。くまと人間が散歩したっていいじゃないか。
 がしかし。
 「あのこと」があった後の世界は、くまと人間の散歩に不穏な空気をもたらす。防護服、被爆量、プルトニウム。大部分の人が知らずに暮らしていたそれらのことどもが、有無を言わさず日常に侵入してくる。くまにも人間にも逃げ場はない。
 せっかく空想の世界で愉快に過ごしていた読者は、現実に引き戻される……「あのこと」が作り上げた、現実とは思えない現実に。
 筆者はそれでも「生きてゆくこと」を、あとがきで宣言している。そう、意地でも生きてゆくことが、今は大事なのだと思う。
80点
川上弘美(小学館)

 短編集。『壁を登る』が良かった。
 母親の綾子さんと二人暮らしをしているまゆ。綾子さんはときどき変な人を家に連れてきては住まわせた。ホームから飛び込み自殺をしようとしていた母子。次は口うるさいおじいさん。三番目は五朗。彼は綾子さんの腹違いの弟だという……。

 奔放な綾子さんに振り回されながらも、なぜだか楽しげなまゆ。こういうふうに繋がっている母子って羨ましい。飄々とした五朗が醸し出す雰囲気もいい。家事がちゃんと出来たり、そうかと思えば壁によじ登ったり。
 どの短編にも言えることなのだが、ちょっとずつおかしな登場人物たちが、個性を振りかざすことなく自由に動き回っている。その押し付けがましくない感じがとても好ましかった。
80点
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