Back To The Past
よしなしごとども 書きつくるなり
猫を抱いて象と泳ぐ
小川洋子(文藝春秋社)
寡黙な少年は、回送バスに住む「マスター」と出会い、チェスの手ほどきを受ける。少年はチェスに魅入られ、その奥義に触れ、それからの人生をチェスとともに歩む。
いろいろな出会い、別れ。どれだけ時が経とうとも、少年の身体は少年のままで、心はチェスの宇宙を旅していた……。
チェスの指し方も知らない私だが、それでもこの物語の世界にどっぷり漬かることができた。少年の天才的な才能に胸を躍らせ、「大きくなること=悲劇」と思う少年の心情に胸を痛めた。
個性的な脇役たちが、またいい。優しくて、身体も心も大きなマスター。伸びやかに、颯爽とチェスを指す老婆令嬢。細く白く透き通る手を持つミイラ。それぞれが少年のことをいとおしく思っていて、その温かい思いが全編を満たしている。
少年の唇に毛が生えているという設定と、悲劇的なラストはどうにも受け容れ難かったが、それ以外は文句なしの素晴らしい一冊であった。
85点
寡黙な少年は、回送バスに住む「マスター」と出会い、チェスの手ほどきを受ける。少年はチェスに魅入られ、その奥義に触れ、それからの人生をチェスとともに歩む。
いろいろな出会い、別れ。どれだけ時が経とうとも、少年の身体は少年のままで、心はチェスの宇宙を旅していた……。
チェスの指し方も知らない私だが、それでもこの物語の世界にどっぷり漬かることができた。少年の天才的な才能に胸を躍らせ、「大きくなること=悲劇」と思う少年の心情に胸を痛めた。
個性的な脇役たちが、またいい。優しくて、身体も心も大きなマスター。伸びやかに、颯爽とチェスを指す老婆令嬢。細く白く透き通る手を持つミイラ。それぞれが少年のことをいとおしく思っていて、その温かい思いが全編を満たしている。
少年の唇に毛が生えているという設定と、悲劇的なラストはどうにも受け容れ難かったが、それ以外は文句なしの素晴らしい一冊であった。
85点
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刺繍する少女
小川洋子(角川書店)
短編集。
『森の奥で燃えるもの』が気に入った。
「収容所」にやってきた「僕」は、アパートの一室で暮らし始める。美術館での仕事も決まり、登録係の女の子とも親しくなれた。だが「僕」には気になることがあった。ここには時間を指し示すものが一切存在しないのだ……。
これは、いわゆる「あの世」の話であろうか。時間というものが無く、主人公が永遠を手に入れたと説明されているあたりが、いかにもそんなふうだ。
この世とあまり変わりがないようなあの世。だが、収容所という言葉の禍々しい響きや、暖炉の炎が青白いという、視覚的な不気味さが、やはり「死」をイメージさせもする。
他の作品もみな静かな、それでいて抜き差しならぬ恐怖を湛えていて、ぞっとさせられた。
75点
短編集。
『森の奥で燃えるもの』が気に入った。
「収容所」にやってきた「僕」は、アパートの一室で暮らし始める。美術館での仕事も決まり、登録係の女の子とも親しくなれた。だが「僕」には気になることがあった。ここには時間を指し示すものが一切存在しないのだ……。
これは、いわゆる「あの世」の話であろうか。時間というものが無く、主人公が永遠を手に入れたと説明されているあたりが、いかにもそんなふうだ。
この世とあまり変わりがないようなあの世。だが、収容所という言葉の禍々しい響きや、暖炉の炎が青白いという、視覚的な不気味さが、やはり「死」をイメージさせもする。
他の作品もみな静かな、それでいて抜き差しならぬ恐怖を湛えていて、ぞっとさせられた。
75点
まぶた
小川洋子(新潮社)
短編集。現実的でいて幻想的な、八つの短編が収められている。
少しホラーの要素もある『匂いの収集』。あらゆる匂いを収集するのが趣味の「彼女」。「僕」はとまどいながらも、その趣味に理解を示していた。あるとき「彼女」の留守中に「僕」は、とんでもないものを見付けてしまう……。
そこはかとなく危うい空気を醸し出しながら進むストーリー、それはラストのおぞましいシーンで、見事にクライマックスを迎える。思わず上手いなぁと唸ってしまった。
その他、表題作の『まぶた』も、まるで夢のような部分があるかと思えば、カードで支払いが出来ないという、あまりにも現実的な部分もあったりして、その対比が面白かった。
80点
短編集。現実的でいて幻想的な、八つの短編が収められている。
少しホラーの要素もある『匂いの収集』。あらゆる匂いを収集するのが趣味の「彼女」。「僕」はとまどいながらも、その趣味に理解を示していた。あるとき「彼女」の留守中に「僕」は、とんでもないものを見付けてしまう……。
そこはかとなく危うい空気を醸し出しながら進むストーリー、それはラストのおぞましいシーンで、見事にクライマックスを迎える。思わず上手いなぁと唸ってしまった。
その他、表題作の『まぶた』も、まるで夢のような部分があるかと思えば、カードで支払いが出来ないという、あまりにも現実的な部分もあったりして、その対比が面白かった。
80点
やさしい訴え
小川洋子(文藝春秋社)
夫の暴力から逃れ、一人別荘にやってきた瑠璃子。そこで彼女は、近所に住むチェンバロ制作者・新田と、その弟子・薫に出会う。
瑠璃子は次第に新田に惹かれはじめ、同時に薫の存在を疎ましく思うのだった……。
小川氏がこんなにドロドロの世界を書いた、ということにまず驚いた。瑠璃子は結構な策士で、厭な女だ。
彼女の立場や性格というのは、脇役がお似合いだと思うのだが、あえて主役として語らせることで、ストーリーに一種のねじれ感が生じているような気がした。瑠璃子の気持ちはいいから、薫の本心を知りたいと、何度も思った。
85点
夫の暴力から逃れ、一人別荘にやってきた瑠璃子。そこで彼女は、近所に住むチェンバロ制作者・新田と、その弟子・薫に出会う。
瑠璃子は次第に新田に惹かれはじめ、同時に薫の存在を疎ましく思うのだった……。
小川氏がこんなにドロドロの世界を書いた、ということにまず驚いた。瑠璃子は結構な策士で、厭な女だ。
彼女の立場や性格というのは、脇役がお似合いだと思うのだが、あえて主役として語らせることで、ストーリーに一種のねじれ感が生じているような気がした。瑠璃子の気持ちはいいから、薫の本心を知りたいと、何度も思った。
85点
余白の愛
小川洋子(中央公論新社)
夫に突然離婚を突きつけられ、突発性難聴になってしまった「わたし」。
彼女はとある座談会でYという速記者と出会う。Yの、細やかで無駄のない指先の動きに、彼女は釘付けになる。やがて再会を果たした二人は、ゆっくりと、ひっそりと打ち溶け合ってゆくのだった。
浮気や離婚に関する生々しい描写と、「わたし」とYの形作る、幻想のような世界の描写との対比が際立つ。ジャスミンの香りただようホテルの一室、行き先の分からないバスなど、心地よく現実離れしていて良かった。
ただ、終盤の展開はあまり気に入らなかった。「わたし」がYを呼び付けるシーンなど、その度を越えた弱さに唖然とさせられた。
70点
夫に突然離婚を突きつけられ、突発性難聴になってしまった「わたし」。
彼女はとある座談会でYという速記者と出会う。Yの、細やかで無駄のない指先の動きに、彼女は釘付けになる。やがて再会を果たした二人は、ゆっくりと、ひっそりと打ち溶け合ってゆくのだった。
浮気や離婚に関する生々しい描写と、「わたし」とYの形作る、幻想のような世界の描写との対比が際立つ。ジャスミンの香りただようホテルの一室、行き先の分からないバスなど、心地よく現実離れしていて良かった。
ただ、終盤の展開はあまり気に入らなかった。「わたし」がYを呼び付けるシーンなど、その度を越えた弱さに唖然とさせられた。
70点
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