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珠玉

開高健(文藝春秋社)

 この作品は筆者の絶筆である。でも私が嫌いな終わり方(未完)ではなくて安堵した。
 三つの短編が収められているが、私が好きなのは「掌のなかの海」。酒にまつわるエピソードが抜群。いかにもおいしそうな「フィッシュンチップス」。床にまかれたオガ屑の匂い。研ぎたてのナイフの刃のようなマーティニ。このあたりの描写は手馴れていて、安定感がある。
 ラストのアクアマリンの話も、評価が分かれる所かもしれないが、私は好き。女性的な「宝石」というものについて、胸がすくほど男性的に描いていて、好き。
70点
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続・田村隆一詩集

田村隆一(思潮社)

 新聞で紹介されていたので思わず手を出してしまったが、私には抽象的な「詩」を理解できる能力は、残念ながら無いらしい。
 というわけで併録されているエッセイについて書こうと思う。
 歯医者が怖くて行けない、という話。もし戦時中に敵につかまり、あの治療器具で拷問にかけられたらぼくはみんな喋ってしまいそうだ、と。
 自分の不甲斐なさをあっさり認めていて苦笑してしまった。

 夫婦で飛行機に乗ったときのこと。
 奥様いわく「(千歳から東京まで)たった一時間。……なんて日本って小さいんでしょ。よくアメリカなんかと戦争したもんだわ」。
 話の飛躍っぷりに、また苦笑を誘われた。
60点

神様 2011

川上弘美(講談社)

 1993年に出版された「神様」。2011年の東日本大震災を経て改編、出版されたのが本書。
 どちらも基本となるストーリーは一緒である。くまと散歩する話。珍妙な設定であるが、川上氏の手にかかれば何ら不思議なことではないような気にさせられる。くまと人間が散歩したっていいじゃないか。
 がしかし。
 「あのこと」があった後の世界は、くまと人間の散歩に不穏な空気をもたらす。防護服、被爆量、プルトニウム。大部分の人が知らずに暮らしていたそれらのことどもが、有無を言わさず日常に侵入してくる。くまにも人間にも逃げ場はない。
 せっかく空想の世界で愉快に過ごしていた読者は、現実に引き戻される……「あのこと」が作り上げた、現実とは思えない現実に。
 筆者はそれでも「生きてゆくこと」を、あとがきで宣言している。そう、意地でも生きてゆくことが、今は大事なのだと思う。
80点

ジーン・ワルツ

海堂尊(新潮社)

 大学病院に勤める産婦人科医・曾根崎理恵。彼女は大学のほかにも、小さなクリニックで妊婦たちの診察も行っていた。閉院間近のクリニックには、様々な事情を抱えた、五人の妊婦が通ってきていた……。

 産婦人科医が不足しているらしい、代理出産は認められていないらしい。その程度の知識は私にもあったが、この小説ではそれらの問題が、深く、濃く、描かれている。
 稀有な症例で患者を死なせた産科医が逮捕され、産科医療から多くの病院が撤退した。
 また、どうしても子どもが欲しい女性が、代理出産という方法を選んだとき、倫理的にどう考えたらいいのか。
 実際にあった事件をほうふつとさせるような事象を盛り込み、物語はスリリングに展開してゆく。

 とても面白く、興味深い作品ではあったが、妊娠中にこれを読むのはお勧めしない。胎児の奇形、難病、流産の可能性……ちょっと刺激が強すぎるであろう。
65点

天頂より少し下って

川上弘美(小学館)

 短編集。『壁を登る』が良かった。
 母親の綾子さんと二人暮らしをしているまゆ。綾子さんはときどき変な人を家に連れてきては住まわせた。ホームから飛び込み自殺をしようとしていた母子。次は口うるさいおじいさん。三番目は五朗。彼は綾子さんの腹違いの弟だという……。

 奔放な綾子さんに振り回されながらも、なぜだか楽しげなまゆ。こういうふうに繋がっている母子って羨ましい。飄々とした五朗が醸し出す雰囲気もいい。家事がちゃんと出来たり、そうかと思えば壁によじ登ったり。
 どの短編にも言えることなのだが、ちょっとずつおかしな登場人物たちが、個性を振りかざすことなく自由に動き回っている。その押し付けがましくない感じがとても好ましかった。
80点

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