川上弘美(新潮社)
古道具を扱う「中野商店」でバイトをするタケオとヒトミ。なんとなく親しくなる二人だが、タケオがあまりに寡黙なせいか、なかなか親密になれない。
いっぽう店主の中野さんは、ヘンな客にペーパーナイフで刺されたり、女で失敗したり、なかなか賑やかな人生。
彼らと、中野商店の、いわくありげな常連客が巻き起こす、小さな事件のあれこれを描く。
どこを切り取って紹介しようかと悩むほど、面白いエピソード満載である。中野さんの愛人であるサキ子さんが書いたという「エロ小説」。さわりだけ書かれているのだが、直截的でないエロさが素晴らしく、川上氏はこういうのも書けるのかと唖然とした。
それからタケオに対するヒトミの観察眼もまた鋭くていい。
『なんかタケオって、いつもこういう感じ。自分の方からはほとんど人に気をつかわないくせに、人から気をつかわれることを強要する感じ。』という一文などに、ヒトミの苛立ち、悲しみが仄見える。
85点
古道具を扱う「中野商店」でバイトをするタケオとヒトミ。なんとなく親しくなる二人だが、タケオがあまりに寡黙なせいか、なかなか親密になれない。
いっぽう店主の中野さんは、ヘンな客にペーパーナイフで刺されたり、女で失敗したり、なかなか賑やかな人生。
彼らと、中野商店の、いわくありげな常連客が巻き起こす、小さな事件のあれこれを描く。
どこを切り取って紹介しようかと悩むほど、面白いエピソード満載である。中野さんの愛人であるサキ子さんが書いたという「エロ小説」。さわりだけ書かれているのだが、直截的でないエロさが素晴らしく、川上氏はこういうのも書けるのかと唖然とした。
それからタケオに対するヒトミの観察眼もまた鋭くていい。
『なんかタケオって、いつもこういう感じ。自分の方からはほとんど人に気をつかわないくせに、人から気をつかわれることを強要する感じ。』という一文などに、ヒトミの苛立ち、悲しみが仄見える。
85点
小川洋子(角川書店)
短編集。
『森の奥で燃えるもの』が気に入った。
「収容所」にやってきた「僕」は、アパートの一室で暮らし始める。美術館での仕事も決まり、登録係の女の子とも親しくなれた。だが「僕」には気になることがあった。ここには時間を指し示すものが一切存在しないのだ……。
これは、いわゆる「あの世」の話であろうか。時間というものが無く、主人公が永遠を手に入れたと説明されているあたりが、いかにもそんなふうだ。
この世とあまり変わりがないようなあの世。だが、収容所という言葉の禍々しい響きや、暖炉の炎が青白いという、視覚的な不気味さが、やはり「死」をイメージさせもする。
他の作品もみな静かな、それでいて抜き差しならぬ恐怖を湛えていて、ぞっとさせられた。
75点
短編集。
『森の奥で燃えるもの』が気に入った。
「収容所」にやってきた「僕」は、アパートの一室で暮らし始める。美術館での仕事も決まり、登録係の女の子とも親しくなれた。だが「僕」には気になることがあった。ここには時間を指し示すものが一切存在しないのだ……。
これは、いわゆる「あの世」の話であろうか。時間というものが無く、主人公が永遠を手に入れたと説明されているあたりが、いかにもそんなふうだ。
この世とあまり変わりがないようなあの世。だが、収容所という言葉の禍々しい響きや、暖炉の炎が青白いという、視覚的な不気味さが、やはり「死」をイメージさせもする。
他の作品もみな静かな、それでいて抜き差しならぬ恐怖を湛えていて、ぞっとさせられた。
75点
藤原伊織(文藝春秋社)
四つの作品が収められている。
表題作『ダックスフントのワープ』。
大学生である「僕」は、十歳になるマリの家庭教師を引き受けることになる。といっても勉強を教えるわけではなく、作り話をしゃべるだけ。「僕」はダックスフントの冒険譚を彼女に語ってきかせるが……。
解説にもあったが、村上春樹の作風にかなり似ていると私も思った。シニカルで気取った雰囲気の主人公のセリフが特に。それから本編に負けるとも劣らない面白さを持つ挿話も。
まぁそんな比較はどうでも良いのだが。
「僕」というのは、何てタチの悪い人間なのだろう。訳知り顔で物事を分析し、そのうえいつも傍観者でいようとする。まったくいけ好かない。
ラストの後味の悪さもまた格別だ。許されざる未必の故意だと思った。
75点
四つの作品が収められている。
表題作『ダックスフントのワープ』。
大学生である「僕」は、十歳になるマリの家庭教師を引き受けることになる。といっても勉強を教えるわけではなく、作り話をしゃべるだけ。「僕」はダックスフントの冒険譚を彼女に語ってきかせるが……。
解説にもあったが、村上春樹の作風にかなり似ていると私も思った。シニカルで気取った雰囲気の主人公のセリフが特に。それから本編に負けるとも劣らない面白さを持つ挿話も。
まぁそんな比較はどうでも良いのだが。
「僕」というのは、何てタチの悪い人間なのだろう。訳知り顔で物事を分析し、そのうえいつも傍観者でいようとする。まったくいけ好かない。
ラストの後味の悪さもまた格別だ。許されざる未必の故意だと思った。
75点
小川洋子(新潮社)
短編集。現実的でいて幻想的な、八つの短編が収められている。
少しホラーの要素もある『匂いの収集』。あらゆる匂いを収集するのが趣味の「彼女」。「僕」はとまどいながらも、その趣味に理解を示していた。あるとき「彼女」の留守中に「僕」は、とんでもないものを見付けてしまう……。
そこはかとなく危うい空気を醸し出しながら進むストーリー、それはラストのおぞましいシーンで、見事にクライマックスを迎える。思わず上手いなぁと唸ってしまった。
その他、表題作の『まぶた』も、まるで夢のような部分があるかと思えば、カードで支払いが出来ないという、あまりにも現実的な部分もあったりして、その対比が面白かった。
80点
短編集。現実的でいて幻想的な、八つの短編が収められている。
少しホラーの要素もある『匂いの収集』。あらゆる匂いを収集するのが趣味の「彼女」。「僕」はとまどいながらも、その趣味に理解を示していた。あるとき「彼女」の留守中に「僕」は、とんでもないものを見付けてしまう……。
そこはかとなく危うい空気を醸し出しながら進むストーリー、それはラストのおぞましいシーンで、見事にクライマックスを迎える。思わず上手いなぁと唸ってしまった。
その他、表題作の『まぶた』も、まるで夢のような部分があるかと思えば、カードで支払いが出来ないという、あまりにも現実的な部分もあったりして、その対比が面白かった。
80点
小川洋子(文藝春秋社)
夫の暴力から逃れ、一人別荘にやってきた瑠璃子。そこで彼女は、近所に住むチェンバロ制作者・新田と、その弟子・薫に出会う。
瑠璃子は次第に新田に惹かれはじめ、同時に薫の存在を疎ましく思うのだった……。
小川氏がこんなにドロドロの世界を書いた、ということにまず驚いた。瑠璃子は結構な策士で、厭な女だ。
彼女の立場や性格というのは、脇役がお似合いだと思うのだが、あえて主役として語らせることで、ストーリーに一種のねじれ感が生じているような気がした。瑠璃子の気持ちはいいから、薫の本心を知りたいと、何度も思った。
85点
夫の暴力から逃れ、一人別荘にやってきた瑠璃子。そこで彼女は、近所に住むチェンバロ制作者・新田と、その弟子・薫に出会う。
瑠璃子は次第に新田に惹かれはじめ、同時に薫の存在を疎ましく思うのだった……。
小川氏がこんなにドロドロの世界を書いた、ということにまず驚いた。瑠璃子は結構な策士で、厭な女だ。
彼女の立場や性格というのは、脇役がお似合いだと思うのだが、あえて主役として語らせることで、ストーリーに一種のねじれ感が生じているような気がした。瑠璃子の気持ちはいいから、薫の本心を知りたいと、何度も思った。
85点