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よしなしごとども 書きつくるなり
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吉村昭(新潮社)

 戦犯を収容していた「巣鴨プリズン」。鶴岡は、そこで刑務官として働いていた。
 戦勝国による裁判で囚人となった日本人を、日本人が警備する、という世界でも例を見ない特殊な状況下にあった場所。
 鶴岡ら刑務官には銃の携帯が義務付けられていて、囚人に「それで我々を撃つのか」と訊かれるシーンなど、彼らのとまどいが良く理解できる部分である。

 史実と虚構が入り混じっているというが、昭和三十年代までこのような施設があったことは事実だそうだ。
 戦後というイメージからも離れていた時代。だが、巣鴨プリズンの中だけは戦後を引きずっていたのである。
 そこで無為な時間を過ごさざるを得なかった人々の苦悩は、深い。
70点
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吉村達也(角川書店)

 「鬼部長」の異名をとる今泉謙作。彼がひそかにはまっているのは、ネット上で女性になることだった。
 だが彼の作った架空の女性「松本リカ」が、やがて暴走しはじめ……。

 前半はコメディとして楽しんで読むことができた。しかし後半は「ネットの世界」の暗部を見せ付けられたようでとても笑えなかった。
 今泉が下請け業者に対して暴言を吐いたことがネットで公開されそうになった事件など、実にいやな気分になった。彼の言動は非人道的であったが、それを全世界に公開する、というのは正しい(?)復讐の方法ではない気がした。
 そして松本リカの正体であるが、こんなことは不可能だろうという思いと、もしかしたらという思いが交錯して、その点においてもいやな恐怖感を味わった。
65点
よしもとばなな(新潮社)

 よしもと氏の公式サイトで書かれていた日記をまとめたのが本書。
 人気作家の日常は、かなり面白く読むことができた。ショッピングで燃えたり、おいしいお店を見つけて喜んだり。けっこう普通? と思ったり、でもお金の掛け具合は、やはり普通じゃないなと思ったりした。

 ただひとつ、次の話はかなり疑問に思った。
 奈良県のとある銭湯に行ったときのこと。彼女は小さな入れ墨があるそうなのだが、その銭湯では「入れ墨お断り」だった。それまでどこへ行ってもバンドエイドで隠せば入れてもらえた。だがそこでは断固として入れてもらえなかった。
 彼女はひとり別室で、同行した人たちを待つはめになった。
 という話なのだが。よしもと氏はその銭湯を実名で(許可はとったらしい)、かなりの勢いで非難しているのだ。
 しかも複数の人にこの話をし、同意をもらって喜んでいる。

 私はこれでよしもと氏がすっかり嫌いになった。入れ墨を入れた時点で、銭湯には入れないことを自覚すべきであろう。
 また客なのだから、ある程度のルール違反は目をつぶれという論理。加えて従業員に向かってどなり、論破したことを得意げに書いている点。どれもこれも傲慢としか言いようがない。
 あくまで屈しなかった銭湯側を、私は賞賛したい気持ちである。
20点
よしもとばなな(新潮社)

 「王国 その1」の続編。
 都会でひとり暮らす雫石は、退屈で淋しくて、次第に気持ちがぼんやりしていく。お気に入りの商店街を発見したりして、少し元気を取り戻したり。そうかと思えば、TVにはまって罪悪感を持ってみたり。不安定な日々を送るのだった……。

 「その1」を読んだときに感じた透明感は「その2」では鳴りをひそめてしまった。代わりに説教くささが表面化してしまったようだ。
 精神的に苦しんでいる人が出すエネルギーは、実際に空気を汚す、などという表現は優しさがないように思えた。
 もちろん、良い部分もたくさんあった。楓が占いをする理由について、雫石が答えを見つけるシーンは悲しくもあたたかい。
70点
よしもとばなな(文藝春秋社)

 短編集。
 五つの作品のなかで、私は「幽霊の家」が気に入った。
 ロールケーキの店を継ぐことになっている岩倉くんと、洋食屋を継ぐことになっているせっちゃん。
 同じ大学に通う二人は、ごく自然に惹かれあった。岩倉くんの住む安アパートには、老夫婦の幽霊が出るのだが、岩倉くんもせっちゃんも、幽霊がちっともこわくなかった。かえってその話題で和むほどだった……。

 海外へ修行に行っていた岩倉くんが帰国して、せっちゃんと再会するシーンが圧巻だった。時間が無限に広がってゆくイメージ、暖かい光に包まれるイメージが、美しく描写されている。少し宗教的なにおいがして、嫌悪感を抱きそうにもなるが、よしもと氏はその一歩手前でうまくかわしてくれている。

 その他、よしもと氏が自分の作品の中で、いちばん好きだと書いている「デッドエンドの思い出」は、ラスト三行がとても印象深かった。
90点
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