太宰治(新潮社)
初期作品集。15歳の「津島修治」が書いた作品まで収録してあり、ファンにとってはたまらない一冊となっている。
『律子と貞子』という短編は、読者へ問い掛けるような形で終わっている。そのせいか、読了後も様々なことを考えさせられた。
粗筋は、三浦という男性が律子と貞子という姉妹の、どちらと結婚したら良いのか迷っている、というもの。相談を持ちかけられた「私」は、聖書の一説を三浦に語る。
イエスがある村に来たとき、マリアはその足元に座ってただ話を聞く。マルタはもてなしのために忙しく立ち働く。マルタがイエスにそのことを訴えるも、イエスは『マリアは良いほうを選んだ』と諭すのだった……。
聖書の解釈には二通りあるらしい。イエスは、御言葉を聞くマリアを誉めたという説と、奉仕するマルタを慰めたという説。
三浦は結局、「私」が薦めたつもりだった妹(客を歓待し、あれこれと気を遣う貞子(=マルタ))を選ばなかった。それで「私」はひどく驚く。
妻にするならかいがいしく自分の面倒をみてくれる女性が良いだろうと「私」、つまり太宰は考えたようだ。太宰のその後の人生を思うに付け、興味をそそられる話ではある。
85点
初期作品集。15歳の「津島修治」が書いた作品まで収録してあり、ファンにとってはたまらない一冊となっている。
『律子と貞子』という短編は、読者へ問い掛けるような形で終わっている。そのせいか、読了後も様々なことを考えさせられた。
粗筋は、三浦という男性が律子と貞子という姉妹の、どちらと結婚したら良いのか迷っている、というもの。相談を持ちかけられた「私」は、聖書の一説を三浦に語る。
イエスがある村に来たとき、マリアはその足元に座ってただ話を聞く。マルタはもてなしのために忙しく立ち働く。マルタがイエスにそのことを訴えるも、イエスは『マリアは良いほうを選んだ』と諭すのだった……。
聖書の解釈には二通りあるらしい。イエスは、御言葉を聞くマリアを誉めたという説と、奉仕するマルタを慰めたという説。
三浦は結局、「私」が薦めたつもりだった妹(客を歓待し、あれこれと気を遣う貞子(=マルタ))を選ばなかった。それで「私」はひどく驚く。
妻にするならかいがいしく自分の面倒をみてくれる女性が良いだろうと「私」、つまり太宰は考えたようだ。太宰のその後の人生を思うに付け、興味をそそられる話ではある。
85点
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太宰治(新潮社)
九つの短編が収められている。
太宰が大学生となって上京してからの十年間を描いた『東京八景』。彼の苦しい心境が、抑えた筆致で切々と描かれている。
その場かぎりの嘘を付く自分、せっぱつまって死ぬことを考える自分。「自ら虚偽の地獄を深めている」と彼は告白する。
彼の才能を知っている読者は(あるいは私は)、彼が絶望してのたうち回っているさまを読むと、本当に胸が痛む。逆に彼が生きる決心をし、「懸命に書いた」とあれば、心底安堵する。
彼の波打つ感情に共鳴し、周囲の雑音もすっぽりと抜け落ちた中で、彼の作品をむさぼり読む快感を、久しぶりに味わった。
他に『駆込み訴え』『走れメロス』など、何度読んでも感動できる作品が収録されている。
90点
九つの短編が収められている。
太宰が大学生となって上京してからの十年間を描いた『東京八景』。彼の苦しい心境が、抑えた筆致で切々と描かれている。
その場かぎりの嘘を付く自分、せっぱつまって死ぬことを考える自分。「自ら虚偽の地獄を深めている」と彼は告白する。
彼の才能を知っている読者は(あるいは私は)、彼が絶望してのたうち回っているさまを読むと、本当に胸が痛む。逆に彼が生きる決心をし、「懸命に書いた」とあれば、心底安堵する。
彼の波打つ感情に共鳴し、周囲の雑音もすっぽりと抜け落ちた中で、彼の作品をむさぼり読む快感を、久しぶりに味わった。
他に『駆込み訴え』『走れメロス』など、何度読んでも感動できる作品が収録されている。
90点
太宰治(新潮社)
津軽を旅した太宰の紀行文。
郷土の歴史についての記述は冗長で退屈だったが、友人、知人との再会の描写などは、いかにも楽しげに生き生きと書かれていた。
彼があちこちで酒に執着する様子なども、茶目っ気たっぷりに描かれており、その一喜一憂ぶりに苦笑してしまった。
そして、この作品の主題は、なんといっても彼の育ての親「たけ」との再会であろう。その部分を書きたいが為に、彼はこの作品を書いたのではないかと思わせるくらい、再会のシーンが素晴らしかった。
ぎこちなく喜びを表現する「たけ」、心から寛いで、母親の無心の愛もかくや、と思いを馳せる太宰。二人のやり取りには、肉親同士に勝るとも劣らない優しさが溢れていた。
75点
津軽を旅した太宰の紀行文。
郷土の歴史についての記述は冗長で退屈だったが、友人、知人との再会の描写などは、いかにも楽しげに生き生きと書かれていた。
彼があちこちで酒に執着する様子なども、茶目っ気たっぷりに描かれており、その一喜一憂ぶりに苦笑してしまった。
そして、この作品の主題は、なんといっても彼の育ての親「たけ」との再会であろう。その部分を書きたいが為に、彼はこの作品を書いたのではないかと思わせるくらい、再会のシーンが素晴らしかった。
ぎこちなく喜びを表現する「たけ」、心から寛いで、母親の無心の愛もかくや、と思いを馳せる太宰。二人のやり取りには、肉親同士に勝るとも劣らない優しさが溢れていた。
75点
太宰治(新潮社)
太宰の絶筆「グッド・バイ」。
既婚者でありながら、複数の女性と付き合っている男、田島。すべてを清算すべく、彼は一計を案じた。
外見は申し分なく美しいキヌ子という女性を妻だと偽り、女達に自分を諦めさせようとしたのだ。
彼の作戦は成功するかに思えたが……。
軽妙な語り口に引き込まれた。田島の性格描写もユーモアたっぷりで、作者が自殺の直前にこれを書いたとはとても思えない文章である。
でも田島のいんちきぶりを、あざ笑うかのような書き方は「実際、こんな人間ばかりだ」という作者の厭世観を表しているような気がした。
その他、疎開先に向かう電車の中で食べ物を譲ってくれた人に、にくしみをこめて御礼が言いたいという短編「たずねびと」。
そうまでして生きて行かなくてはならないのか? という疑問が、読んでる側にも生じてくるような作品である。
85点
太宰の絶筆「グッド・バイ」。
既婚者でありながら、複数の女性と付き合っている男、田島。すべてを清算すべく、彼は一計を案じた。
外見は申し分なく美しいキヌ子という女性を妻だと偽り、女達に自分を諦めさせようとしたのだ。
彼の作戦は成功するかに思えたが……。
軽妙な語り口に引き込まれた。田島の性格描写もユーモアたっぷりで、作者が自殺の直前にこれを書いたとはとても思えない文章である。
でも田島のいんちきぶりを、あざ笑うかのような書き方は「実際、こんな人間ばかりだ」という作者の厭世観を表しているような気がした。
その他、疎開先に向かう電車の中で食べ物を譲ってくれた人に、にくしみをこめて御礼が言いたいという短編「たずねびと」。
そうまでして生きて行かなくてはならないのか? という疑問が、読んでる側にも生じてくるような作品である。
85点
太宰治(新潮社)
八つの短編集。「トカトントン」を紹介しよう。
主人公は郵便局に勤める二十六歳の男。平凡に生きてきた彼が、ある時から金槌で釘を打つような「トカトントン」という音に取り憑かれる。
真剣に何かに取り組んでいるとき、何かに心から感動したとき、どこからともなくトカトントン。その刹那、すべては色褪せ、くだらなく思えてしまう。
彼のように極端ではないにしろ、誰にでもこんな経験はあるのではないだろうか。ふっと我に返って「自分は一体何をしているのだろう」と疑問に思う瞬間が。
他に「親友交歓」も皮肉たっぷりで面白く、特に最後の一行が奮っている。
90点
八つの短編集。「トカトントン」を紹介しよう。
主人公は郵便局に勤める二十六歳の男。平凡に生きてきた彼が、ある時から金槌で釘を打つような「トカトントン」という音に取り憑かれる。
真剣に何かに取り組んでいるとき、何かに心から感動したとき、どこからともなくトカトントン。その刹那、すべては色褪せ、くだらなく思えてしまう。
彼のように極端ではないにしろ、誰にでもこんな経験はあるのではないだろうか。ふっと我に返って「自分は一体何をしているのだろう」と疑問に思う瞬間が。
他に「親友交歓」も皮肉たっぷりで面白く、特に最後の一行が奮っている。
90点