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懐郷

熊谷達也(新潮社)

 七つの短編が収められている。『鈍色の卵たち』が良かった。
 集団就職をした教え子・聡に会うため、教師である貴子は東京へと赴く。聡は優秀で大人びた生徒だった。貴子は彼の才能を買って、働きながら夜間高校に進むよう指導したのだったが……。

 聡が書いた詩をとおして貴子が彼に惹かれてゆく部分がとても鮮烈だった。彼の感性が、才気が、彼女の心を揺さぶって淡い恋心を芽生えさせる。そこからラストまで、貴子の愛情や逡巡が細やかに描かれていて、容易に彼女に感情移入することができた。
70点
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邂逅の森

熊谷達也(文藝春秋社)

 秋田県のとある寒村育ちの富治。
 彼は、熊やカモシカを獲って生活する「マタギ」として、充実した日々を過ごしていた。だが、ある事件がきっかけで、村を追われる身となった彼は、マタギをやめて鉱夫として働かざるを得なくなる……。

 狩猟なんてほとんど興味がないし、汗臭いだけの男たちの話だったらどうしようと危惧したが、そんな心配は無用だった。
 息詰まるような熊との死闘。突然牙を剥く大自然の恐怖。富治を中心として描かれる、友情と恋愛。それらが次から次へと活写されていて、まったく飽きさせない。
 ただ、性描写があまりにも生々しく、ふつうは楽しんで読んでしまう(!)私でさえ、ちょっと引いた。
85点

よもつひらさか往還

倉橋由美子(講談社)

 「慧」くんはふらりととあるクラブを訪れては、バーテンダーの九鬼さんに怪しげなカクテルを作ってもらい、異界へと旅立つ・・・連作小説集。

 タイトルの「よもつひらさか」は「黄泉平坂」で、古事記に出てくる現世と黄泉の国の境となる坂のことだそうだ。
 なるほど、慧くんの身に起こることは妖しく、幻想的である。不気味な描写もあるが、不快には感じなかった。
 ただ、五言絶句やらギリシャ神話やらが当たり前のように会話に登場し、学の無い私は置いてきぼりをくらったような気になった。
70点

クラウド・コレクター <手帖版>

クラフト・エヴィング商會(筑摩書房)

 昭和九年、クラフト・エヴィング商會の店主となった祖父。その孫である三代目が、祖父が使用していたトランクから、謎の旅行記を発見する。
 アゾットという、聞いたこともない国に関する不思議な話。どうやらそれは「空想旅行」であったようだが、なぜ祖父は膨大で緻密な「嘘」をしたためる必要があったのか?

 たくさんの言葉遊びが物語の中にちりばめられていて、とても面白かった。特にアゾットへ行くためのおまじない「ひい ふう みい」に隠された意味には、思わず感心し、そのあと苦笑してしまった。
 それから、少しこじつけっぽい話もまたふるっている。なぜ人は涙を流すのか? という問いへの答えなど、私も三代目と一緒に感動すら覚えてしまった。

 全編を通して記憶、忘却というモチーフが繰り返し語られるが、雲や蒸留酒になぞらえて物語が次第に収束していく終盤は、わくわくしながら読むことができた。
 雲って、そうなんだ……と空を見上げたくもなった。
80点

お縫い子テルミー

栗田有起(集英社)

 プロの仕立て屋テルミーこと照美。15歳のとき故郷をあとにして歌舞伎町へやってきた彼女。最初は水商売のかたわら縫いものをしていたが、お店の歌手であるシナイちゃんに注文をもらってから、次第に仕立ての依頼が増えていき……。

 どうもつまらなそうだな、と思いながら読み始めたが、予想は裏切られた。
 テルミーの生き方は「?」な部分も多いが、自分の力で自由を得るあたりの展開は胸がすく思いがした。シナイちゃんに寄せる切ない思いも、よく伝わってきた。
 ひるがえって、なぜ「つまならそう」と思ったか考えたのだが、この作品は題名で損をしているのではないだろうか。「お縫い子」という古めかしい言葉が、とっつきにくさを感じさせた。
85点

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