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よしなしごとども 書きつくるなり
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川上弘美(文藝春秋社)

 京(けい)の夫である礼(れい)は、突然失踪してしまった。彼の日記には「真鶴」の文字があった。
 彼を追うように、何かに導かれるように、たびたび真鶴を訪れる京。真鶴で彼女は、現実と非現実の狭間で揺れ動く……。

 「近い」「遠い」という表現が印象的だった。京はいつも距離を測っている。
 礼は遠いけど近い。恋人の青茲は、遠いというほどではないが近くない。娘の百(もも)は近かったのに、遠ざっていく。
 自分では決められない距離感にもがく京の苦悩が胸に迫る。
 「ついてくるもの」という幽霊? の存在は、私の気に染まらなかった。もしや京は正気を失っているのでは? という疑念がわいて仕方がなかった。
80点
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小川洋子(集英社)

 創作をめぐるエッセイ集。
 たくさんの文学賞を受賞されている大作家であるのに、なんて慎ましやかで人間臭いかたなのだろう。小川氏が好きだ度が一気にアップした。

 紹介したい部分があり過ぎて困るくらいだが、とりあえず「そこにいてくれる、ありがたさ」という一文が素晴らしかった。
 小・中・高校と、筆者にはほとんど友人がいなかったという。彼女がぼんやりしているうちに、女子たちは密やかにグループを形成し、気付けば置いてけぼりになっている、その繰り返しだったらしい。
 高校生のときの修学旅行では、部屋割りの際、彼女の名前はどこにも無く、しかも誰もそれに気付かなかったという。がしかし筆者はこの事実をさほど惨めとは思わず、むしろ面白がっている。

 大学生になって、筆者は無二の親友と出会う。大人になっても付き合いは続き(といってもたまに電話で話すくらいらしいが)、この世界のどこかに彼女がいてくれるだけで良いと筆者は書いている。いかに友人がたくさんいるかを自慢する人間が多い昨今、この潔さはどうだろう。
 私も一人でいるのは好きだが、ここまで腹を括れない。ヘタレな自分が恨めしくもなった。
95点
吉田篤弘(筑摩書房)

 「一角獣」「百鼠」「到来」という、三つの話が収められている。表題作の「百鼠」を紹介しよう。
 主人公はイリヤという朗読鼠。彼らは天上から地上を見下ろし、そこにいる作家に、物語を語って聞かせる。地上で生まれる三人称の小説のすべては、はるか昔ゲーテの時代から<百鼠>の中の、朗読鼠が読んできたのであった……。

 捉えどころのないストーリーであった。天楼F棟にあるという朗読室。物語の骨組みを決めるという<読心坊>。一人称小説が手に入る闇本市場。筆者が作り出したそれらの世界を、私もイメージしようと努めたが、どうもうまくいかなかった。
 イリヤが数分だけ過ごした地上……新宿御苑の緑だけが、生々しく私の心にも映し出された。
 こういう想像力を必要とする不思議話は、川上弘美氏の作品もそうなのだが、疲れる。
70点
吉田修一(朝日新聞出版)

 土木作業員の祐一は、出会い系サイトで佳乃という女性と知り合う。無口で小心な祐一に、佳乃は次第に嫌気がさす。あるとき待ち合わせ場所に、たまたま佳乃の知り合いの男性が居合わせ、彼女は祐一の目の前で彼の車に乗って走り去る。怒り心頭の祐一は、二人のあとを追い掛けるが……。

 頻繁に場面が切り替わり、それが物語に疾走感を与えていて、ページを繰る手を止めることができなかった。
 また、登場人物は皆リアリティがあって、特に佳乃の父親など既視感さえ覚えた。彼の悲しみは他人事とは思えず、もらい泣きしてしまった。
 それから物語の後半で祐一と出会う光代の存在感も大きかった。陳腐な言い方になってしまうが、優しさは時として罪深いものだ。

 本当の、本物の「悪人」は、この作品にはいない。ただ、普通の人間が、ちょっとしたきっかけやタイミングの悪さで悪事に手を染めてしまうことを、淡々と示唆しているのがこの作品なのだ。
90点
小川洋子(幻冬舎)

 面白い対話もあれば、面白くない対話もあった。当たり前だが。
 ここは私らしく、面白くなかったほうを。

 作家・五木寛之との「生きる言葉」というタイトルがついた対話。
 日本人の自殺者の多さについて二人が語っているのだが、その中で五木氏が
 「たとえば借金が返せない、生きているのが面倒くさくなった……(略)ような自殺は、逆に言うとあいつを消せば借金は帳消しになるかもしれない、じゃ、消しちゃおうか――こういう考え方とどこか相通ずるものがある」
 と言っている。
 「借金」とひと括りにして、そこにあるであろういろいろな事情や心情をまるっと無視、あげく犯罪者に近しい? これが有名作家の言うことなのかと唖然とした。

 小川氏には関係ない話だが、どうしてもこれが書きたかった。五木氏、見損ないました。
60点
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