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五重塔

幸田露伴(岩波書店)

 「木理(もくめ)美しき槻胴(けやきどう)、縁にはわざと赤樫を用ひたる岩畳作りの長火鉢に対(むか)ひて……」
 出だしの一文で、これは読了できそうにない……と私が思ったのも道理ではありますまいか。でも、こういう文章もじっくり読み進むと慣れてきて、ああ美しき哉日本語、と恍惚としてくる。

 粗筋は次の通り。新たに建立されることになった五重塔。一流の大工、源太がその仕事を請け負う事でほぼ決まっていたところに、彼の弟子であるのっそり十兵衛が「自分がやる」と言い出す。腕は良いが「空気」を読めない十兵衛、人格者である源太。二人の対比が際立つ。
 そして建立中に起きる暴風雨。風にしなって、今にも崩壊しそうな五重塔……そんなスリリングな部分もまた楽しめた。
80点
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毒舌 身の上相談

今東光(集英社)

 天台宗大僧正、中尊寺貫主、参議院議員、直木賞作家、という今東光氏が、週刊プレイボーイ誌に連載していた人生相談をまとめた一冊。
 「毒舌」と断ってはいるものの、ここまでとは。いやはや度肝を抜かれた。

 好きな女性にいたずら電話を繰り返す男性には「悪いことは言わん。死にな」。
 能力別クラス編成については「大賛成。それは差別ではない、同じ能力のある連中をひとまとめにするんだから、平等もいいところじゃねぇか」。
 なんて具合に、読者の質問をばっさばっさと切り捨てていく。小気味良いったらありゃしない。

 また、川端康成や菊池寛の学生時代の逸話など、興味深い話もいろいろあり、最初の「I 恋愛とセックスの悩み」の部分(あまりに過激)で放り投げなくて良かった、と思った。
55点

翻訳のココロ

鴻巣友季子(ポプラ社)

 「翻訳とは何ぞや?」という問いに、小説『嵐が丘』の翻訳仕事などを通して応えるエッセイ。
 原文と格闘する筆者の必死さがひしひしと伝わってきた。「wine」という一語を、ぶどう酒とするか、ワインとするか、はたまた酒でいくか、筆者は考えに考える。
 よっぽど変な訳でない限り、きっと読者は気付かないだろう。しかし少し変な訳の場合、違和感が残りそうな気もする。そのかすかな違和感を埋めるべく、翻訳者というものは懸命になるのであろう。

 第二部は、柴田元幸氏との翻訳対談。筆者には申し訳ないが、第一部のエッセイよりこちらのほうが面白かった。興味のない話はちゃんと訳したくもないので、そこは他人にみてもらうという柴田氏。あまりに潔くて笑ってしまった。
55点

サクリファイス

近藤史恵(新潮社)

 プロの自転車競技の選手・白石。ロードレースで、彼はアシストとして活躍する。エースのために、エースを優勝させるためにだけ走るアシスト。彼は自分の役割に満足していたが……。

 ロードレース? それって一体? とまったく期待せずに読んだが、面白すぎて一気読みしてしまった。自転車という、シンプルにして肉体と一体化する乗り物を操り、山を峠を駆け抜けていく男たち。その駆け引きに魅了された。
 ある事件が起き、終盤ですべてが明らかにされるわけだが、登場人物たちの思惑が入り混じり入り乱れ、とても読み応えがあった。
 ただ、この主人公はいけ好かない。いつも超然として、訳知り顔で場の隅に佇んでいるような男。タチが悪い。
85点

臍の緒は妙薬

河野多惠子(新潮社)

 四つの短編が収められているが、表題作の『臍の緒は妙薬』が良かった。
 峰子はある小説に「臍の緒は大病にかかった当人に煎じて服ませれば助かる」と書かれているのを読み、以来臍の緒のことが気になってならない。自分の臍の緒の包みが開けられていたのは、その謂われと関係があるのだろうか?

 話の展開がとても自然で、まるでエッセイのような筆致である。
 実在の店名が書かれ、ぽんぽんと軽妙な会話。たいした事件は起きないのだが、その文章には読者を惹きつけて止まない独特のリズムがある。他の三編もしかり。
 「小説は作り話なので読まない」とのたまう学者がいたが、ぐだぐだのノンフィクションを読むなら、洗練されたフィクションのほうが良いという好例がここにある。
80点

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