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井上荒野(文藝春秋社)
両親が事故死し、姉の椿、妹の杏、その夫・迅人はペンション「だりや荘」を切り盛りすることになる。表面は穏やかな生活が始まるが、椿と迅人は道ならぬ恋に落ちてゆく……。
こんなに読み手を苛つかせる小説も珍しいだろう。妹の夫とも見合い相手の男性とも関係を続ける椿。彼女は美しく危うげで「妖精のよう」と他人に評される。ただの精力絶倫なだけの女性が、妖精とは恐れ入った。
相手の迅人も、人間として下の下だ。どちらの女性もちゃんと愛していると彼はのたまう。そこには罪悪感の欠片もない。
加えて、バイトすることになった翼という青年も、ほどなくして杏と関係を結ぶ。揃いも揃って肉欲の権化ではないか。
ラストも後味の悪いラストで、やっぱり途中で読むのをやめれば良かったと後悔しきりであった。
20点
両親が事故死し、姉の椿、妹の杏、その夫・迅人はペンション「だりや荘」を切り盛りすることになる。表面は穏やかな生活が始まるが、椿と迅人は道ならぬ恋に落ちてゆく……。
こんなに読み手を苛つかせる小説も珍しいだろう。妹の夫とも見合い相手の男性とも関係を続ける椿。彼女は美しく危うげで「妖精のよう」と他人に評される。ただの精力絶倫なだけの女性が、妖精とは恐れ入った。
相手の迅人も、人間として下の下だ。どちらの女性もちゃんと愛していると彼はのたまう。そこには罪悪感の欠片もない。
加えて、バイトすることになった翼という青年も、ほどなくして杏と関係を結ぶ。揃いも揃って肉欲の権化ではないか。
ラストも後味の悪いラストで、やっぱり途中で読むのをやめれば良かったと後悔しきりであった。
20点
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乾ルカ(文藝春秋社)
六つの短編が収められているが、表題作の『夏光』がとても良かった。
哲彦は疎開先で喬史という少年に出会う。顔に大きな痣がある喬史は皆に疎まれていたが、哲彦は彼が好きだった。あるとき、哲彦は喬史に秘密を打ち明けられる……。
二人の少年の息遣いが聞こえるような文章である。岩場で海を見ながら話す二人。ひもじさのなかでお菓子を分け合う二人。いじめっこに立ち向かう二人。
それらの描写が、戦時中という時代の哀しさを伴って胸に迫ってくる。
どの短編もどこかで聞いたような話なのだが、情景描写の上手さのせいか、はたまたリアリティのある会話のせいか、陳腐さは感じなかった。筆者の描く「子どもの世界」を、もっと読みたいと思った。
80点
六つの短編が収められているが、表題作の『夏光』がとても良かった。
哲彦は疎開先で喬史という少年に出会う。顔に大きな痣がある喬史は皆に疎まれていたが、哲彦は彼が好きだった。あるとき、哲彦は喬史に秘密を打ち明けられる……。
二人の少年の息遣いが聞こえるような文章である。岩場で海を見ながら話す二人。ひもじさのなかでお菓子を分け合う二人。いじめっこに立ち向かう二人。
それらの描写が、戦時中という時代の哀しさを伴って胸に迫ってくる。
どの短編もどこかで聞いたような話なのだが、情景描写の上手さのせいか、はたまたリアリティのある会話のせいか、陳腐さは感じなかった。筆者の描く「子どもの世界」を、もっと読みたいと思った。
80点
稲見一良(早川書房)
短編集。いずれも「鳥」が作品のなかで重要な位置を占めている。また、女性はほとんど登場せず、まことに男臭い作品集でもある。
最初の短編「望遠」を紹介しよう。
あるビルの写真撮影を任された男。
ビル建築前の景色を撮っておき、三年後の同じ時刻、同じアングルで建築後の景色を撮る。シャッターチャンスは限定されている。
が、その瞬間、男の目の前に珍しい鳥が姿を現す。仕事を撮るか、珍鳥を撮るか。
彼が得たもの、失ったものの対比がすばらしい。それがこの作品の核であろう。
85点
短編集。いずれも「鳥」が作品のなかで重要な位置を占めている。また、女性はほとんど登場せず、まことに男臭い作品集でもある。
最初の短編「望遠」を紹介しよう。
あるビルの写真撮影を任された男。
ビル建築前の景色を撮っておき、三年後の同じ時刻、同じアングルで建築後の景色を撮る。シャッターチャンスは限定されている。
が、その瞬間、男の目の前に珍しい鳥が姿を現す。仕事を撮るか、珍鳥を撮るか。
彼が得たもの、失ったものの対比がすばらしい。それがこの作品の核であろう。
85点
稲見一良(角川書店)
筆者が亡くなる直前に書いた短編の数々。
文庫カバーの裏表紙で泣き、編集者が書いた巻末の「稲見さんのこと」で泣き、解説で泣き、「花の下にて」で泣いた。
筆者は処女長編が刊行された時点で、すでにガンに侵されていた。それから十年、病魔と闘いながら作品を書いていた。この作品集を書く頃には、腹水が溜まって話すことさえままならない状態だったという。
そんな事実を踏まえて読む「花の下にて」は、心が震えるような内容であった。
五十半ばの東條銀次はガンで半年の命と宣告されていた。彼は人里離れたところで静かに暮らしていたが、その裏では殺しを請け負って報酬を得、老妻に金を残そうとしていた……。
これが泣かずに読めるわけがない。
80点
筆者が亡くなる直前に書いた短編の数々。
文庫カバーの裏表紙で泣き、編集者が書いた巻末の「稲見さんのこと」で泣き、解説で泣き、「花の下にて」で泣いた。
筆者は処女長編が刊行された時点で、すでにガンに侵されていた。それから十年、病魔と闘いながら作品を書いていた。この作品集を書く頃には、腹水が溜まって話すことさえままならない状態だったという。
そんな事実を踏まえて読む「花の下にて」は、心が震えるような内容であった。
五十半ばの東條銀次はガンで半年の命と宣告されていた。彼は人里離れたところで静かに暮らしていたが、その裏では殺しを請け負って報酬を得、老妻に金を残そうとしていた……。
これが泣かずに読めるわけがない。
80点