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よしなしごとども 書きつくるなり
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川上弘美(講談社)

 1993年に出版された「神様」。2011年の東日本大震災を経て改編、出版されたのが本書。
 どちらも基本となるストーリーは一緒である。くまと散歩する話。珍妙な設定であるが、川上氏の手にかかれば何ら不思議なことではないような気にさせられる。くまと人間が散歩したっていいじゃないか。
 がしかし。
 「あのこと」があった後の世界は、くまと人間の散歩に不穏な空気をもたらす。防護服、被爆量、プルトニウム。大部分の人が知らずに暮らしていたそれらのことどもが、有無を言わさず日常に侵入してくる。くまにも人間にも逃げ場はない。
 せっかく空想の世界で愉快に過ごしていた読者は、現実に引き戻される……「あのこと」が作り上げた、現実とは思えない現実に。
 筆者はそれでも「生きてゆくこと」を、あとがきで宣言している。そう、意地でも生きてゆくことが、今は大事なのだと思う。
80点
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海堂尊(新潮社)

 大学病院に勤める産婦人科医・曾根崎理恵。彼女は大学のほかにも、小さなクリニックで妊婦たちの診察も行っていた。閉院間近のクリニックには、様々な事情を抱えた、五人の妊婦が通ってきていた……。

 産婦人科医が不足しているらしい、代理出産は認められていないらしい。その程度の知識は私にもあったが、この小説ではそれらの問題が、深く、濃く、描かれている。
 稀有な症例で患者を死なせた産科医が逮捕され、産科医療から多くの病院が撤退した。
 また、どうしても子どもが欲しい女性が、代理出産という方法を選んだとき、倫理的にどう考えたらいいのか。
 実際にあった事件をほうふつとさせるような事象を盛り込み、物語はスリリングに展開してゆく。

 とても面白く、興味深い作品ではあったが、妊娠中にこれを読むのはお勧めしない。胎児の奇形、難病、流産の可能性……ちょっと刺激が強すぎるであろう。
65点
川上弘美(小学館)

 短編集。『壁を登る』が良かった。
 母親の綾子さんと二人暮らしをしているまゆ。綾子さんはときどき変な人を家に連れてきては住まわせた。ホームから飛び込み自殺をしようとしていた母子。次は口うるさいおじいさん。三番目は五朗。彼は綾子さんの腹違いの弟だという……。

 奔放な綾子さんに振り回されながらも、なぜだか楽しげなまゆ。こういうふうに繋がっている母子って羨ましい。飄々とした五朗が醸し出す雰囲気もいい。家事がちゃんと出来たり、そうかと思えば壁によじ登ったり。
 どの短編にも言えることなのだが、ちょっとずつおかしな登場人物たちが、個性を振りかざすことなく自由に動き回っている。その押し付けがましくない感じがとても好ましかった。
80点
加賀乙彦(中央公論新社)

 東京拘置所の医官であった筆者が綴ったドキュメンタリー。

 私はあとがきを最初に読むが、そこに「死刑廃止論」がぶちあげてあった。
 それで興ざめしつつ本文を読んだが、読了しても「なぜ、廃止?」という疑問は残ったままだった。
 死刑囚が監獄に入ってから改心しても、失われた命は戻ってはこないし、その命をかけがえのないものとして生きていた人の悲しみは癒されることはないだろう。
 冤罪という大問題はあろうが、それを除けば死刑が残酷だという筆者の意見には、私は賛成できない。
55点
俵万智(文藝春秋社)

 俵万智が選んだ百人の歌人による、百首の恋の歌。
 見開きの二頁でひとつの歌について解説がなされている。それがとても読みやすくて良かった。
 俵氏の解説は、ときに独りよがりなところもあるが、歌の背景ともいうべき歌人の境遇などについても書かれていて、大いに歌の理解の手助けになった。

 「君かへす朝の敷石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ」
 北原白秋のこの歌が何となく私は気に入ったが、俵氏によると白秋はこの歌を詠んだとき、人妻との姦通罪に問われて拘留中だったそうだ。
 そうきくと、イメージしていた冬の朝の清々しさは消え、寒々しい曇天のもと、やるせない気持ちで佇む作者の悲しみがじんわりと伝わってくる。
70点
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