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よしなしごとども 書きつくるなり
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乾ルカ(文藝春秋社)

 六つの短編が収められているが、表題作の『夏光』がとても良かった。
 哲彦は疎開先で喬史という少年に出会う。顔に大きな痣がある喬史は皆に疎まれていたが、哲彦は彼が好きだった。あるとき、哲彦は喬史に秘密を打ち明けられる……。

 二人の少年の息遣いが聞こえるような文章である。岩場で海を見ながら話す二人。ひもじさのなかでお菓子を分け合う二人。いじめっこに立ち向かう二人。
 それらの描写が、戦時中という時代の哀しさを伴って胸に迫ってくる。
 どの短編もどこかで聞いたような話なのだが、情景描写の上手さのせいか、はたまたリアリティのある会話のせいか、陳腐さは感じなかった。筆者の描く「子どもの世界」を、もっと読みたいと思った。
80点
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稲見一良(早川書房)

 短編集。いずれも「鳥」が作品のなかで重要な位置を占めている。また、女性はほとんど登場せず、まことに男臭い作品集でもある。
 最初の短編「望遠」を紹介しよう。
 あるビルの写真撮影を任された男。
 ビル建築前の景色を撮っておき、三年後の同じ時刻、同じアングルで建築後の景色を撮る。シャッターチャンスは限定されている。
 が、その瞬間、男の目の前に珍しい鳥が姿を現す。仕事を撮るか、珍鳥を撮るか。
 彼が得たもの、失ったものの対比がすばらしい。それがこの作品の核であろう。
85点
稲見一良(角川書店)

 筆者が亡くなる直前に書いた短編の数々。
 文庫カバーの裏表紙で泣き、編集者が書いた巻末の「稲見さんのこと」で泣き、解説で泣き、「花の下にて」で泣いた。
 筆者は処女長編が刊行された時点で、すでにガンに侵されていた。それから十年、病魔と闘いながら作品を書いていた。この作品集を書く頃には、腹水が溜まって話すことさえままならない状態だったという。
 そんな事実を踏まえて読む「花の下にて」は、心が震えるような内容であった。
 五十半ばの東條銀次はガンで半年の命と宣告されていた。彼は人里離れたところで静かに暮らしていたが、その裏では殺しを請け負って報酬を得、老妻に金を残そうとしていた……。
 これが泣かずに読めるわけがない。
80点
絲山秋子(講談社)

 日向子は、高校生のときに小田切に出会った。以来、12年間というもの、彼にいいように使われてきた。付き合っているような、いないような、そんな状態がいつまでも続いた。
 切羽詰って「寝てください」とお願いしても断られ、結婚する気はないと言われ……それでも日向子は彼から離れられないのだった。

 と、こうして粗筋を書いていると、日向子という女性が、なおさら理解し難く感じられてくる。
 小田切の薄っぺらい人間性に気付きながら、見て見ぬふりをする。そんな彼にへつらう。いくら好きでもプライドはないのか? と思ってしまった。

 全体的に内容がない一冊だった。知らない女性の、聞きたくもない打ち明け話を聞いてしまった、という印象。
55点
絲山秋子(中央公論新社)

 精神病院に入院中だった「花ちゃん」は、「なごやん」と一緒に病院を脱走した。二人は行くあてもなく、なごやんの車で逃避行を続ける。博多から大分、熊本と九州を南下する旅は、どこへ辿り着くのか……。

 花ちゃんが語る、薬の副作用が恐ろしい。「頭の中に暗い霧が来る」らしい。それにずっと聞こえるという幻聴も恐ろしい。精神的な疾患というのは本当に辛そうだ。
 だが、逃げ続ける二人は、少し楽しげでもある。ヒルに襲われたり、畑の野菜を盗み食いしたり、駐車中のポルシェに車をぶつけてしまったり。それらのハプニングが、一瞬病気のことを忘れさせてくれるせいだろうか。
 ラストも素直で良いラストだと思った。今後、二人の心が平穏でいられますように、と祈りたくなるような締めだった。
70点
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