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よしなしごとども 書きつくるなり
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クラフト・エヴィング商會(筑摩書房)

 昭和九年、クラフト・エヴィング商會の店主となった祖父。その孫である三代目が、祖父が使用していたトランクから、謎の旅行記を発見する。
 アゾットという、聞いたこともない国に関する不思議な話。どうやらそれは「空想旅行」であったようだが、なぜ祖父は膨大で緻密な「嘘」をしたためる必要があったのか?

 たくさんの言葉遊びが物語の中にちりばめられていて、とても面白かった。特にアゾットへ行くためのおまじない「ひい ふう みい」に隠された意味には、思わず感心し、そのあと苦笑してしまった。
 それから、少しこじつけっぽい話もまたふるっている。なぜ人は涙を流すのか? という問いへの答えなど、私も三代目と一緒に感動すら覚えてしまった。

 全編を通して記憶、忘却というモチーフが繰り返し語られるが、雲や蒸留酒になぞらえて物語が次第に収束していく終盤は、わくわくしながら読むことができた。
 雲って、そうなんだ……と空を見上げたくもなった。
80点
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栗田有起(集英社)

 プロの仕立て屋テルミーこと照美。15歳のとき故郷をあとにして歌舞伎町へやってきた彼女。最初は水商売のかたわら縫いものをしていたが、お店の歌手であるシナイちゃんに注文をもらってから、次第に仕立ての依頼が増えていき……。

 どうもつまらなそうだな、と思いながら読み始めたが、予想は裏切られた。
 テルミーの生き方は「?」な部分も多いが、自分の力で自由を得るあたりの展開は胸がすく思いがした。シナイちゃんに寄せる切ない思いも、よく伝わってきた。
 ひるがえって、なぜ「つまならそう」と思ったか考えたのだが、この作品は題名で損をしているのではないだろうか。「お縫い子」という古めかしい言葉が、とっつきにくさを感じさせた。
85点
車谷長吉(新潮社)

 短編集。
 表題作の「漂流物」の中で語られる、おそらくは筆者の過去の出来事が胸に迫る。

 彼は会社を辞し、流れ流れて料理屋で働くこととなった。そこで出会った青川という男が、彼に打ち明け話をする。その凄惨な内容が、改行のない文章でもって、ぐいぐいと書かれている。
 「語り」は多分に「騙(かた)り」であり、語るということは血みどろであると筆者は言う。「書くな」と血族に言われたことまで書いてしまった筆者。身の破滅に通じるような告白をせずにはいられなかった青川に、筆者は自分の因業を重ね合わせて見たのであろう。
 そのほか、「愚か者」の中にある筆者による筆文字は、味わい深く、だがどこか寒々とした薄気味悪い文字であった。
70点
NHK「東海村臨界事故」取材班(新潮社)

 99年9月。茨城県東海村で臨界事故が起きる。
 作業中だった男性二人が致死量の放射線を浴び、病院に収容される。そのうちの一人、大内氏の83日間の闘病を記したドキュメント。

 この事故で死者が出たということは知っていたが、こんなに壮絶な闘病があったことは知らなかった。
 入院当初は普通に会話も出来ていたが、あっという間に病状は悪化し、まさに大内氏の身体は朽ちていった。
 染色体はバラバラに破壊され、そのため皮膚は再生力を失ってただれ、大量の体液が浸み出していたという。
 そんな生き地獄のような日々を耐えたご本人とご家族の心情は察するに余りあるが、あれもだめ、これもだめ、と打つ手を失っていく医師や看護婦の苦悩もまた読むのが苦しい程だった。

 二度とこのようなことが起きないよう祈る……と言いたいところだが、本当は一度だって起きてはならないことだったのだ。それほど彼の死は残酷で重い死であった。
90点
車谷長吉(文藝春秋社)

 短編集。
  どれもこれも、人間の奥底に潜む「悪」を突きつけるような、嫌な雰囲気の作品ばかりである。でも私はけっこうこういう世界は好きだ。
 表題作の「金輪際」。
 小学生の時に転校してきた澤田君は、とても利発な少年だった。彼の意地悪を、「私」は粛々と受け止め、子供らしい素直さをもって彼に接するのだった。しかし最後の最後まで「私」はコケにされ、大人になった現在、金輪際彼には逢いたくたくない、そう思うのだった。
 決して敵わない相手に対する憎悪が、澱のように溜まって、遂には溢れ出るさまがうまく描かれている。

 他に、随筆ふうの「変」もかなり恐ろしい作品だ。
 芥川賞を逃した夜、九人の選考委員に呪いをかけるべく、丑の刻参りをしたという。「死ねッ。」「天誅ッ。」と言いながら。ちょっと滑稽でもある。
80点
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