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老ヴォールの惑星

小川一水(早川書房)

 四つの作品が収められているが、最後の『漂った男』が良かった。
 惑星パラーザに不時着したタテルマ少尉。その惑星は陸地のない、茫洋とした海が広がる惑星であった。呼吸可能な大気、適温の海水、しかもその中にはゲル状の食べられる物質が含まれている。当分生きていくことが出来る……安心したのも束の間、その広すぎる海にあって、彼の位置が特定できないという連絡が入る……。

 永遠に救援部隊が来ないかもしれないという絶望感のなかで、タテルマは「生」の意味を自らに問う。一生この海を漂うのなら、そこに意味を見出したい、と。そして考え続けることこそが糧となると彼は確信する。
 どこにいても、どんな環境でも、生きる意味はきっとある。彼の強靭な精神力が、そう教えてくれた、天啓のように。

 外国の古いSF小説のような、味わいのある、良い作品集であった。
75点
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にょっ記

穂村弘(文藝春秋社)

 ほむらさんの日記。4月1日から3月31日まで。
 川上弘美氏以上のエッセイを書く人はこの世に存在しないに違いない、と密かに思っていたのだが、こんな凄腕が現れるとは。
 そのくらい、この日記は面白かった。

 ほむらさんの普通な日々も愉快なのだが、彼の妄想もかなり愉快だ。
 大富豪になったら、ビスコのクリーム部分だけ食べるのだそうだ。それをまたスーパーの棚に戻す。庶民はクリーム無しのビスコを当たり前だと思って一生を終える。くだらない、且つ素晴らしい想像。
 またある日。うたた寝から、昔はむにゃっと目覚めていたけど、最近んごっと目が覚める、と。さてはいびきだな、と思ったという。
 これほど適切な「いびき」の表現がいまだかつてあっただろうか。
 イラストもいい。ひと癖ありそうな動物の絵(ヤブイヌという動物らしい)が、このへんてこ日記にぴったりだ。
100点

クラインの壺

岡嶋二人(新潮社)

 現実と仮想現実とが入り混じって、なかなか面白かった。映画「マトリックス」を思い出した。拾ったはずのピアスがないってあたりで、「仕掛け」に気付いてもよかったね、自分。あ、これってネタバレ?
 ラストも「もし自分が同じ目に遭わされたら、そうするかも」と思わせる設定で、かなり納得できた。登場人物が、ちょっと型どおりという感じがしたが、まぁそれを補って余りあるほど楽しませてくれたから良しとしましょう。
75点

あるようなないような

川上弘美(中央公論新社)

 エッセイ集。
 この一冊を読んで、はっきりと分かった。私は川上弘美氏が大好きである。 呼び捨てにできないほど、である。
 だから彼女の作品について、ひいき目なしに評を書けるかどうか、はなはだ自信がない。
 まぁ一種のファンレターのつもりで書いてしまおう。

 このエッセイの中で、特に面白かったのが「なまなかなもの」。
 筆者は「ら抜き言葉」を使うことに、並々ならぬ嫌悪を感じていた。だがSMAPの歌う「夜空ノムコウ」を聴いて「ら抜き」の呪縛から逃れられたという。「何かを信じてこれたかな」、その一節が強大な力で氏をうならせたという。

 淡々とした文章のそこここに漂うおかしみ。友人に「こんなことがあってさぁ」と、話してもらっているような安心感。すべてが私好みであった。
90点

雪沼とその周辺

堀江敏幸(新潮社)

 連作短編集。
 雪沼という小さな街で暮らす人々の日常を、丁寧に描いている。
 「送り火」という作品を紹介しよう。
 書道教室を営む陽平さんと絹代さん夫妻。ふたりには由(ゆい)という息子がいたが、小学生のときに事故で亡くなってしまう。その13回忌のとき、絹代さんは息子に関するある話を耳にし……。

 子供の命を救ったかもしれぬ小さな灯り。絹代さんが蒐集するランプの灯り。それらがシンクロして、悲しい陰影を形づくる。
 いずれの短編も味わい深く、文章には透明感がある。それゆえ退屈な部分もあり、「純文学」好きにウケそうな雰囲気ではある。
70点

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