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よしなしごとども 書きつくるなり
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カズオ・イシグロ(早川書房)

 キャシー・Hは、ヘールシャムという奇妙な施設で育った。全寮制の学校のようなその施設には、将来「提供者」となる生徒と、教師のような「保護官」が生活していた。
 外部と隔絶された世界の中で、生徒たちは数々の疑問を抱きながらも平穏に暮らしていた。
 今や「介護人」となったキャシーは、その頃のことをあれこれと思い出すのだった……。

 ごく普通の学園生活を描いている部分が多い。ティーンエイジャーに特有の幼稚なケンカや悪ふざけ。嫉妬や恋。
 だが、すべての謎を解明した後のキャシーの回顧という設定のせいか、常に絶望や悲しみに彩られた何かが足元から忍び寄ってくるようで、読んでいてもどこか落ち着かない。

 もし将来、本当に提供者や介護人という制度が実現したら(してしまったら)、世界は混沌を極めた後に壊れそうな気がする。それくらいこの制度はタブーではないだろうか。
80点
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ミネット・ウォルターズ(東京創元社)

 とある寒村の雑木林に、トラヴェラー(移動生活者)の一団がやってくる。土地を不法に占拠する彼らに、村の住人たちは憤慨する。一方、村には不審な死を遂げた老婦人がいた。彼女の夫は妻殺しの嫌疑をかけられ、家に引きこもるのだった……。

 と粗筋を書いたが、トラヴェラーたちのゴタゴタあり、老婦人をめぐる一族の内紛あり、村人同士の諍いありと、かなりややこしい筋立てになっている。
 加えて明確な主人公が存在せず、いわゆる神の目でストーリーが展開していくので感情移入がしづらかった。
 解説者は「だらだらと描かれている印象は受けない」と書いているが、私はかなり散漫な作品であると思った。
 ラストも納得できないものだった。あれもこれも謎のままでは、この長編を読了した意味が無いではないか。
60点
ヘレン・マクロイ(東京創元社)

 ベストセラー作家のエイモス・コットルは、とあるパーティーに招かれる。そこで「幽霊の2/3」という簡単なゲームをしている最中に毒殺される。エイモスを殺したのは一体誰なのか……。

 殺人の動機や方法に目新しさはないが、人物造形が上手い。優柔不断で「No」が言えないエイモス。その妻であるヴィーラは、落ち目の女優だがプライドだけは高くて強欲。出版社の社長夫人であるフィリッパはあちこちで不倫中。エイモスのエージェントであるオーガスタスの妻・メグは、ヴィーラに対する罵詈雑言を書いた手紙を、誤って本人に送ってしまうという間抜けっぷり。
 彼らはいろいろと気の利いたセリフを吐くが、特に秀逸だったのが文芸批評家のモーリスのこれだ。
 不倫相手に結婚を迫られ、
 「妻などいらない。ほしいのは自由だ。……(略)他者に対して望むことはただひとつ、私を放っておいてくれということだ」。
 彼は筋金入りの孤独好きらしい。恐れ入った。
70点
ポール・ギャリコ(新潮社)

 冬のある日、はるかな空の高みで雪のひとひらは生まれた。地上に降り立った「彼女」は、原っぱから川へ、湖へ、海へ、旅をし続けた……。

 裏表紙の粗筋を読んだときには「子供だましのファンタジー小説?」と危惧したが、それは要らぬ心配であった。
 まず出だしからして、とても惹きつけられた。雪のひとひらが初めて目にした日の出の様子が、情緒たっぷりに描かれている。
 また、雨のしずくとの出会いのシーンも良い。それまで孤独だった彼女が味わった、めくるめくような高揚感が伝わってくる。

 物語のそこかしこに創り主の存在をほのめかすような文章が登場するが、それが素直に心に響いた。いまわのきわに彼女は思う……この宇宙のすばらしい調和について。つつましい存在の自分自身ではあるが、決して無意味な存在ではない、ということを。
 彼女が得た気付きは、そのまま私の心をも鎮めてくれた。
80点
カーター・ディクスン(早川書房)

 婚約者の父親に会いに行った男。出されたウィスキー・ソーダを飲んだ彼は、急に気を失ってしまう。
 次に気が付いたときには、父親は殺されており、彼は密室で二人きりであった……。

 作品の舞台はほとんど法廷である。
 そこでの被告人側の弁護人と、日本で言うなら検事にあたる、追訴側の弁護人との息詰まるようなやりとりが読ませる。
 被告人側の弁護人、ヘンリー・メリヴェール卿の策士振りが際立つ。
 ただ、密室のトリックは感心しなかった。万人に理解できるトリックではないと思う。
65点
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