幸田文(新潮社)
1月から5月までの100日間、毎日書き続けた随筆。
何気ない日々を、肩肘張らない筆致で書いていて、寝る前にちょこちょこ読むのにちょうど良い具合の本であった。
筆者の、言葉がとにかく優しいのである。
風呂の湯加減はなかなか難しい……「ちゃらっぽこな気持ちややりかた」で失敗しているわけではないのに。
がさがさの老婆の手……「美しいに越したことはないが、なあに、すっきりしていれば鬼の手は上々だ」。
2月末、ずいぶん春に近付いた……「遠い汽車の笛などもぷおうと曳くように聞こえる」。
こういう人と暮らしてみたいな、そうだ、母親だったらいいだろうな、と思わせる随筆であった。
80点
1月から5月までの100日間、毎日書き続けた随筆。
何気ない日々を、肩肘張らない筆致で書いていて、寝る前にちょこちょこ読むのにちょうど良い具合の本であった。
筆者の、言葉がとにかく優しいのである。
風呂の湯加減はなかなか難しい……「ちゃらっぽこな気持ちややりかた」で失敗しているわけではないのに。
がさがさの老婆の手……「美しいに越したことはないが、なあに、すっきりしていれば鬼の手は上々だ」。
2月末、ずいぶん春に近付いた……「遠い汽車の笛などもぷおうと曳くように聞こえる」。
こういう人と暮らしてみたいな、そうだ、母親だったらいいだろうな、と思わせる随筆であった。
80点
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小山清(講談社)
太宰治にその才能を愛されたという筆者の短編集。
ごく普通の人々の生活を、飾らない、ほとんど素っ気無いと言ってもいいほどの言葉で描いている。静謐で美しい文章である。
『落穂拾い』、『日日の麺麭』といった短編も素晴らしいのだが、太宰について書いた『風貌』という作品がまた良い。
筆者が初めて太宰を尋ねて行ったときのこと。
作品に対する太宰の評……「僕がいいと云えば、天下無敵だよ」。
金を無心したら、太宰はスズランの花を小切手に同封したという。
それらのエピソードが、太宰に心酔している私の心には感慨とともに染み入ってきた。
筆者を思いやる太宰の優しさ。ふとした拍子に見せる茶目っ気のある態度。鬱々として人生を楽しめなかったような印象のある太宰だが、心を開いた相手にはなかなか愛嬌のある人物だったらしい。
90点
太宰治にその才能を愛されたという筆者の短編集。
ごく普通の人々の生活を、飾らない、ほとんど素っ気無いと言ってもいいほどの言葉で描いている。静謐で美しい文章である。
『落穂拾い』、『日日の麺麭』といった短編も素晴らしいのだが、太宰について書いた『風貌』という作品がまた良い。
筆者が初めて太宰を尋ねて行ったときのこと。
作品に対する太宰の評……「僕がいいと云えば、天下無敵だよ」。
金を無心したら、太宰はスズランの花を小切手に同封したという。
それらのエピソードが、太宰に心酔している私の心には感慨とともに染み入ってきた。
筆者を思いやる太宰の優しさ。ふとした拍子に見せる茶目っ気のある態度。鬱々として人生を楽しめなかったような印象のある太宰だが、心を開いた相手にはなかなか愛嬌のある人物だったらしい。
90点
幸田露伴(岩波書店)
「木理(もくめ)美しき槻胴(けやきどう)、縁にはわざと赤樫を用ひたる岩畳作りの長火鉢に対(むか)ひて……」
出だしの一文で、これは読了できそうにない……と私が思ったのも道理ではありますまいか。でも、こういう文章もじっくり読み進むと慣れてきて、ああ美しき哉日本語、と恍惚としてくる。
粗筋は次の通り。新たに建立されることになった五重塔。一流の大工、源太がその仕事を請け負う事でほぼ決まっていたところに、彼の弟子であるのっそり十兵衛が「自分がやる」と言い出す。腕は良いが「空気」を読めない十兵衛、人格者である源太。二人の対比が際立つ。
そして建立中に起きる暴風雨。風にしなって、今にも崩壊しそうな五重塔……そんなスリリングな部分もまた楽しめた。
80点
「木理(もくめ)美しき槻胴(けやきどう)、縁にはわざと赤樫を用ひたる岩畳作りの長火鉢に対(むか)ひて……」
出だしの一文で、これは読了できそうにない……と私が思ったのも道理ではありますまいか。でも、こういう文章もじっくり読み進むと慣れてきて、ああ美しき哉日本語、と恍惚としてくる。
粗筋は次の通り。新たに建立されることになった五重塔。一流の大工、源太がその仕事を請け負う事でほぼ決まっていたところに、彼の弟子であるのっそり十兵衛が「自分がやる」と言い出す。腕は良いが「空気」を読めない十兵衛、人格者である源太。二人の対比が際立つ。
そして建立中に起きる暴風雨。風にしなって、今にも崩壊しそうな五重塔……そんなスリリングな部分もまた楽しめた。
80点
今東光(集英社)
天台宗大僧正、中尊寺貫主、参議院議員、直木賞作家、という今東光氏が、週刊プレイボーイ誌に連載していた人生相談をまとめた一冊。
「毒舌」と断ってはいるものの、ここまでとは。いやはや度肝を抜かれた。
好きな女性にいたずら電話を繰り返す男性には「悪いことは言わん。死にな」。
能力別クラス編成については「大賛成。それは差別ではない、同じ能力のある連中をひとまとめにするんだから、平等もいいところじゃねぇか」。
なんて具合に、読者の質問をばっさばっさと切り捨てていく。小気味良いったらありゃしない。
また、川端康成や菊池寛の学生時代の逸話など、興味深い話もいろいろあり、最初の「I 恋愛とセックスの悩み」の部分(あまりに過激)で放り投げなくて良かった、と思った。
55点
天台宗大僧正、中尊寺貫主、参議院議員、直木賞作家、という今東光氏が、週刊プレイボーイ誌に連載していた人生相談をまとめた一冊。
「毒舌」と断ってはいるものの、ここまでとは。いやはや度肝を抜かれた。
好きな女性にいたずら電話を繰り返す男性には「悪いことは言わん。死にな」。
能力別クラス編成については「大賛成。それは差別ではない、同じ能力のある連中をひとまとめにするんだから、平等もいいところじゃねぇか」。
なんて具合に、読者の質問をばっさばっさと切り捨てていく。小気味良いったらありゃしない。
また、川端康成や菊池寛の学生時代の逸話など、興味深い話もいろいろあり、最初の「I 恋愛とセックスの悩み」の部分(あまりに過激)で放り投げなくて良かった、と思った。
55点
鴻巣友季子(ポプラ社)
「翻訳とは何ぞや?」という問いに、小説『嵐が丘』の翻訳仕事などを通して応えるエッセイ。
原文と格闘する筆者の必死さがひしひしと伝わってきた。「wine」という一語を、ぶどう酒とするか、ワインとするか、はたまた酒でいくか、筆者は考えに考える。
よっぽど変な訳でない限り、きっと読者は気付かないだろう。しかし少し変な訳の場合、違和感が残りそうな気もする。そのかすかな違和感を埋めるべく、翻訳者というものは懸命になるのであろう。
第二部は、柴田元幸氏との翻訳対談。筆者には申し訳ないが、第一部のエッセイよりこちらのほうが面白かった。興味のない話はちゃんと訳したくもないので、そこは他人にみてもらうという柴田氏。あまりに潔くて笑ってしまった。
55点
「翻訳とは何ぞや?」という問いに、小説『嵐が丘』の翻訳仕事などを通して応えるエッセイ。
原文と格闘する筆者の必死さがひしひしと伝わってきた。「wine」という一語を、ぶどう酒とするか、ワインとするか、はたまた酒でいくか、筆者は考えに考える。
よっぽど変な訳でない限り、きっと読者は気付かないだろう。しかし少し変な訳の場合、違和感が残りそうな気もする。そのかすかな違和感を埋めるべく、翻訳者というものは懸命になるのであろう。
第二部は、柴田元幸氏との翻訳対談。筆者には申し訳ないが、第一部のエッセイよりこちらのほうが面白かった。興味のない話はちゃんと訳したくもないので、そこは他人にみてもらうという柴田氏。あまりに潔くて笑ってしまった。
55点