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人でなしの言い訳

うーん、ここ数日の日記を読み返すと、自分の「親を大事にしない冷酷娘」っぷりに引くわー。
きっと読まれたかたも、そう思うでしょうなぁ。

ここから、長い言い訳が始まります。
しかも前にも書いたかも試練。

親だから、育ててもらった恩はありますけど、ウチの場合、ほんっっとに最低限の最下層のことしかやってくれなかったですからね。
世の中には子どもを虐待する親もいるので、それよりはマシか? ぐらいのレベル。

さすがに葉っぱは食べなかった(by 風間トオル)けど、貧しさに負けた系の恥ずかしい目にも結構遭いました。

そんな幼少期を経て、大人になって、結婚して、一時期同居したこともありました。
それがまた悲惨な経験になったのです。
私と母親の気の合わなさが尋常じゃなくて、ついに数年でまた別居するはめに。

しばらくは平穏でしたが、ここんところの入退院さわぎで、またまた母に対する負の感情がたまっていきました。
いや、病気はしょうがないってのはわかっています。
けど、その人一倍遠慮してます風味でとんでもない要求をしてくる態度に、毎回イライラさせられていたのです。

「いつでも良いんだけどさ、暇なときで~」
 ……暇なとき、なんて無いわっ、知ってるくせに。

「○ちゃん(←私)は無理だよね、○ちゃん(←弟)に頼むか~」
……弟だって暇じゃないし。私が行くしかないじゃん。

一事が万事、この調子。
名づけるなら、察してちゃん?

ほかにもココに書けないような複雑な要素がからみあって、母と私の不穏な関係は成り立っているわけです。

身長が15センチほども縮んでしまったちっこい母親を見ていると、この人もかわいそうだなぁと思いますが。
きっとどこまでいっても理解し合えない親子なんだろうなぁとつくづく思い知らされる今日この頃です。


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達成感

11/6の日記の続き。
実母は結局同じ病院に再入院しました。
が。
もう病院で治療することもない、ということになり、昨日退院してそのまま特別養護老人ホームへ入所しました。

まず実家へ行って、ある程度荷造りをしました。
急に入院したもんだから、食べたものなどもそのまんま。
冬で良かったよ、虫がわくところだよ。
その後、病院へ行って母を受け渡してもらいましたが、段取りが悪くて車椅子さえ準備してないという。
また実家へ戻って足りない荷物をまとめ、やっとホームへ行きました。
とにかく何でも持って行きたい人なので、ダンナも車を出して2台で行く騒ぎに。

到着すると、所員の人たちがわらわらと出てきて、てきぱきと荷物を運んでくれました。
持ち込んだものはすべてチェックされ、数を調べ、さっそく足りないものを指摘されました。
母はベッドに寝かされて、生い立ちから病気の経緯などを細かく聞かれていました。
職歴を聞かれて
「東京の高島屋で働いていました」。

初耳なんだけど。
つか、一番言いたいところを言ったんでしょうなぁ。私が知る職歴はしょぼいもんね…。

ここでお昼になってしまったため、いったん帰宅。
その後、また実家へ行って、足りないものを持って再びホームへ。

個室でゆったりくつろぐ母。
痛い痛いと大変そうだけど、朝はやくからバタバタと指図されるがままに動いていると無性に腹が立ってくるよね、休日がつぶれて、やっと再開したいけばなにも行けず、私はどこまでこの人のために働かなければならないのか、ぢっと手を見ちゃったりしてね。

でもホームの人たちはみんな朗らかだし、ご飯もおいしいらしいし、当分は私も枕を高くして眠れそうです。


一難去ってまた一難、去ってまた……エンドレス

日曜日に退院した実母が、また痛みのために動けなくなったらしいです。
ケアマネさん、ヘルパーさんに来てもらったけど、入院するかもしれないから私に「来れないか?」という電話がありました。

行けません。

今週は仕事がつまっているから、特養への入所も無理を言って日曜にしてもらったんじゃん。
つか動けない人をどうやって運ぶのさ。
救急車よぶしかないでしょ。
だいたい退院→特養に直行すればいいものを、家にいったん帰るってわがまま言うからこーいうことになるんでしょ。
元の入院先はイヤだ? それ、私に言われても。

という趣旨のことを、母とケアマネに言いました。

電話口で代わる代わる「どうしても来れないのか?」と私を責める人たち、うんざりなんですけど。


三連休

1日。
何年ぶりかで一家おそろいでカラオケに行ってきました。
初「精密採点」にテンションの上がる私。
これがテレビでみたアレかっ。

加点を得るには、こぶしだの、ビブラートだのが良いのね、じゃあ演歌! と思って「津軽海峡・冬景色」を歌いました(ザ・昭和)。
なかなかの得点が出て、ダンナ・娘に「よっ、花子(仮名)・J!」と言われーの。
May・Jが聞いたら怒るで、しかし。

2日。
実母の退院の日。
10時過ぎに実家へ行くと、もう母、弟、その嫁さんがいました。
ヘルパーの都合がつかなくて、午前じゃなくて午後から来る、と母。
そういう連絡はくれないんだよなぁ。

病院からもらった1ヵ月分の薬は、確認したら足りないし。
食べるものは何もないし。
洗濯物はどっさりだし。
買い出ししたり、掃除したり、病院へ行って薬を取ってきたり、母以外の3人でバタバタとこなしました。

そして母がトイレに行っている隙に弟と、母の葬儀について話し合い。
なかなか会えないもの、こういうときにハッキリしておかないとね。

喪主は誰にするか。
宗教はどうするか(母は某新興宗教の信者だから、話はややこしい)。
費用はどうするか。
ざっくりとですが決めました。

弟がいて、母の集中攻撃を受けずに済んだものの、やっぱり半日潰れた代償は大きく、帰宅したら胃痛で大変な目に遭いました。

3日。
いけばなの先生から電話で
「文化祭やってるから、よかったら見に来たら?」
とお誘いを受け、急いで身支度して行ってきました。

まだ稽古を再開したばっかりなので、私の出品は無しです。
見に行くだけでいいならラクね~。

先生の知り合いがお茶を点てている、ということで先生と一緒にいっぷく頂きました。
和菓子はおいしかったけど、濃茶は胃に厳しかったです…。

午後は久しぶりに庭仕事。
と言っても除草がメインですが。
1時間半もやったらイヤになってきて、鎌を放り出してホームセンターへ。

ガーデニング友だちのAさんが働いている店で、ちょうどAさんがいたので、長々と立ち話。
お詫び(?)にクリスマスローズをお買い上げ。

忙しいけど充実していたとは言えない3連休でございました。


水声

川上弘美(文藝春秋)

 都(みやこ)と陵(りょう)は1歳違いの姉弟。1969年、子どもだった頃の2人の記憶。パパと、すでに亡くなったママの思い出。都の友だち、奈穂子との出来事も積み重なってゆく……幾重にも。

 やたらと興奮したり、無駄に饒舌だったりする人は、ひとりも出てこない。ゆっくりと、流れるように小説の中の時は過ぎてゆく。それはいつもの川上氏の作風で、安心して読めるはずなのだが、なぜか心がざわざわした。
 物語の核なので詳しくは書けないが、やはり都と陵の特殊な関係性が、そうさせるのであろう。
 ママの、死に至るまでの独特な言動もまた、不穏な空気を醸し出す。
 くわえて、時系列があちこち動くのも、落ち着かない要因であるような気がした。
 伊坂幸太郎氏や宮部みゆき氏と比べると、場面展開の鮮やかさに欠ける(えらそうに申し訳ない)。
70点

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