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巣立ち

娘もダンナもココは見ないので、本音を書きたいと思います。

来週あたまに娘の引っ越しをひかえております。
ついでに現在横浜にいるダンナも、同時に東京の某所へ引っ越し、父と娘の2人で暮らす予定です。
娘はもちろんまだ卒業していませんが、早めに引っ越しをして、バイトをしたいと言うのでOKしました。

で。
この脱力感はなんでしょうね。
娘が出て行くのがこんなにさびしいなんて、まったく想像もしていませんでした。
つい先日まで、ダンナに
「頼むから仲良くしてくれよ……」
と言われるほどケンカばっかりしていたのに。
こんなに気の合わない娘と、いったいいつまで一緒にいなくちゃいけないんだよ、と絶望したことさえあったのに。
そうは言っても楽しいこと、うれしいこと、わくわくさせてくれることが、山ほどあったんだよね。

だいたい家から通える大学を否定して、東京へ行くように仕向けたのは私です。
一度は外に出たほうが良い、いろんな経験をしたほうが良い、と心底思っていました。
大学の4年間を、たぶん人生で一番キラッキラの時間を、思いっきり楽しんでほしいと……それはもしかすると自分の不甲斐なかった人生を、娘に生きなおしてもらう行為だったかもしれません。
良くないことだけど、別人格だし。
わかっちゃいるけど、ピアノをやらせたり、中学受験させたり、そして東京の大学へ行かせたりしちゃったよね。

……やばい、会社なのに泣けてきた。

引っ越しの日は笑顔で送り出したい。
おかあさんは強いな、ひとりでも平気だな、と思われるように。


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親の期待がデカすぎた

もうすぐ家を出る娘、積もる話もあるってもんだ。
先日聞いたのは、付き合っていた彼氏とは昨年夏には別れたってこと。
受験生だし勉強に専念しましょうね、ってことで別れたらしいが、本当の理由は「女々しくて女々しくて女々しくてつらいよ~」だったそう。

彼氏は家庭の事情で国公立しか受験できないって話は前から聞いていましたが、ずっと志望校として言っていたA大学(偏差値62くらい)は手も足も出ず。
次の候補であったB大学(偏差値50台前半)も、センターの結果からいって不可能ということが判明しました。
実はB大学でさえ模試でB→C判定と右肩下がりで、もともと無理っぽい志望校だったのです。
娘いわく、
「センターが終わっても親に事実を言えなくて、『どうだったの?』って聞かれて『うん、まあまあ』とか言ったんだって! 信じられない! 早く軌道修正して学校の最終三者面談に備えないといけないのに、私立に切り替えるなら学校で書いてもらわないといけない書類とかあるのに、ぐだぐだ言ってるばっかりなんだよ」
私「えーーーー、何それ。もう奨学金でも借りて私立にするしかないんじゃないの? C大なら何とか通えるでしょ。あるいは専門学校とか」
娘「ダメだよ、プライド高いんだから」
私「あー、ちょっと待て、行けそうな国公立あるじゃん。D大とかE大とか。つか別れたのに何やってんの?」
娘「LINEはするよ、ほかの男子とだってするし」。
へぇ、そんなもんすかね。

結局、面談では某県の国公立・D大学を志望することで決着したそう。
娘ったら東京じゃなくてほっとした……とのたまっております。
「でもさ、D大だって油断したら危ないよね。やっぱりどこか私立受けたほうがよくない? まぁ奨学金返すの大変だけど。社会人になった途端、ウン百万とか借金あるわけじゃん? うーん、でもなぁ」
と私がぶつぶつ言うと
「おかあさんの進路指導、もういい」
と返されてしまったさ。
ちっ。


TOEICナニソレな娘

ノロでセンターを受験できなかった同級生がいたそうな。
ひぃぃ、聞くだけで胸が痛むよ。
でも追試? を受験できるらしく、救済措置があって良かったね。

日曜の夜は娘と2人、お疲れ様会をしました、サイゼで。
サイゼかよ。
そこでしみじみと高校3年間、中学3年間を振り返りました。

受験して私立中へ入ったのはいいものの、カルチャーショックの連続でした。
娘「いやぁ中学時代はヤバかった。忘れもしない、中1の最後の試験で下位3割にまで順位が落ちたもんね」
私「そうだっけ?」
娘「うん。英語がとにかく分からなくて、やる気も無くしてた。でもそこまで落ちて、これは勉強しなきゃ! って思えたんだ」
私「ふーん。勉強してるのに浮上できないのかと思ってた」
娘「ふふん、正直それまではサボってた」。

あら、ご自分をYDKだと仰るか?
英語はYMKだな、やればマシな子。ふふ。
でも自ら危機感を持って取り組めたのは良かったね。

高校生になっても英語の苦戦は続きました。
でも小テストならちょっと勉強すれば点数を取れたので、そこをマメにやったのが良かったかな? と娘の弁。
そうだね、地味~な積み重ねが効いたんだね。

大学から出された英語の課題もあって、いまだ四苦八苦な娘。
どこまで行っても英語は付きまとうから、今後もガンガレ。


サクラ咲いたよ

センター試験が終わりました。
今後、二次試験だの私立の受験だの、受験生の親にとっては気の抜けないところではありますが、とりあえずセンターでひと区切りかな、とも思います。
ということで書きますが、ウチの娘は東京の私立大学への進学が決まっておりました。

あれは昨年の7月の三者面談。
私が先生に指定校推薦について聞いてみたのであります。
すると先生がその場で調べてくれて、○○大あたりなら行けるよ、って。

それまで娘は地元の国立大へ行く気満々で、それ以外は眼中に無かったのです。
国立大へ行って欲しいとは言っていたけど、もうちょっと選んだら? もうちょっと上を目指そうよ、と言っても聞く耳を持たず。
でも先生が仰った○○大には惹かれるものがあったらしく、そのレベルに行けるなら志願してみようかな? となったわけです。

そこから10月初旬には校内選抜を通過し、11月下旬には大学で面接と口頭試問を受け、12月初旬には合格通知をいただけました。
そのとき、何だかぬるっと合格しちまったなぁと私が口を滑らせてしまったのですが、娘がそれに対して猛抗議してきました。
学校でもそんなふうに言う人がいて、おかあさんまで! 私がどんだけ地道にがんばってきたのか全然分かってない、3年間の必死の積み重ねなのに……
確かにそうでした、ごめんなさいと思わず謝ったよね。

指定校推薦というのは、大学側から高校へ、
評定○以上の生徒を○人推薦してね、ほぼ合格は決定だけど辞退は出来ないからね、
と、そんな制度です。
昨年来たから今年も来るとは限らず、前に入学した先輩の成績がふるわなかったりすると募集が来なかったりもするそう。
しかも校内で競合する生徒がいたら、より成績の良い生徒が推薦されるわけで、いろいろと運任せ。
娘は
・行きたい学科の枠があった
・評定がそこそこだった(5教科以外のほうがむしろ得意)
・欠席はほんの数日
・競合する生徒がいなかった
で、無事合格と相なったのであります。

はなっから指定校推薦を狙うのではなく、取れたらラッキーくらいの感じで志願するのはいいのかなと思います。
娘も、もし取れなくても気持ちを切り替えてセンターに臨むつもりでした。

校内で各種推薦ですでに合格している生徒は15%くらいかな? と娘は言っていました。
なかには遊びまくっている様子をSNSにあげたり、髪を染めて先生に怒られたりする生徒もいるらしいです。
娘はいたってふつーに過ごしております……まじめか。


サクラ咲け

いよいよ明日、明後日はセンター試験です。
天気が荒れ模様のようで……正直去年まではそんな天気予報を聞いても「へー大変ねー」でした。
ごめんなさい。
でも今回は交通機関等に影響が出ないよう、心から祈っています。
そして受験生みんなが実力を出せるよう、これも心から祈っています。

さて娘。
もう学校では自主的に欠席している生徒もけっこういるそうで。
先生は「まったくもう(怒)(諦)」らしいです。
授業はほぼ自習なので登校してもしゃーない、登下校の時間がもったいない、病気をもらったら大変、と心情は理解できますが、それでも欠席ってどうなのさ。
中学受験でも間近になったら欠席していた子もいましたが、もろもろ乗り越えてーの合格うれしいな、じゃないのかね。
ま、きれいごとを言ってる感は否めませんです、はい。

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